臨界事故。
むしろ「原子力事故」と言う方が深刻さが実感できるのではないだろうかと思う。
原子力事故(via Wikipedia)
原子力事故(げんしりょくじこ)とは、原子力関連施設の事故のこと。
特に、核燃料・計測・医療のために使う放射性物質が漏れ出すと、
大気や土壌、水が汚染され、環境、人体ともに多大な被害をもたらす。
臨界事故で思い出すのは,
東海村で1999年に起こったJCO臨界事故。
当時のニュース映像を記憶している。
ヘリコプターの爆音と上空から見る核燃料施設
緊急避難する住民とその緊張した表情
病院に運ばれる作業員
「被曝」「死者」というテロップ
北陸電力の志賀原発での事故隠蔽はますます悪質さが際立ってきた様子。
時事ドットコム:現常務が隠ぺいに関与=臨界事故緊急会議に出席−北陸電:
北陸電力が志賀原子力発電所1号機(石川県志賀町)の臨界事故を隠ぺいしていた問題で、事故を国に報告しないことを決めた緊急対策会議に、発電所幹部だった現職常務が参加していたことが23日、分かった。
そして,東京電力の福島原発でも臨界事故が起こっていた可能性。しかも30年近くも前に。
NIKKEI NET:主要ニュース|東電で78年に臨界事故か、福島第一原発3号機:
東京電力福島第一原子力発電所3号機(福島県)で1978年11月、定期検査中に原子炉の制御棒5本が抜け、核分裂が継続的に起こる臨界に達する事故が起きていた可能性が高いことが22日、分かった。臨界は最大で約7時間半続いたとみられる。
良くない知らせ・悪いニュースは,ひとつが明らかになると,あとから・あとから出てくる。
そしてそのたびに前言撤回や,修正がされて,嘘の上塗りをしようとしていたことがバレてしまう。
某タレントの年齢詐称をこの系譜に加えるのは,どうかと思うけれど,
「隠す心理」は同じだと思う。
ところで,どうして「隠そう」とするのだろうか。
もちろん,都合が悪いからには違いない。
でもバレたときのことや,もっと悪い事態に進展したときのことを考えないのだろうか。
(今回の臨界事故ではどちらも,被曝者はいないという発表だけれど。いまのところ)
バレないと思っているのだろうか。
これ以上悪いことは起こりっこないという楽観的な希望か。
だまって頭を下げて身を隠していれば,嵐は通り過ぎるという経験則か。
それともバレるのはずっと先で,そのとき自分は逃げ仰せていると踏んでいるんだろうか。
NHKニュース|志賀原発 隠ぺいに異論出ず:
石川県の北陸電力・志賀原子力発電所1号機の臨界事故が隠ぺいされていた問題で、事故の直後に開かれた緊急の対策会議で、発電所の所長が事故を報告しないという方針を打ち出したのに対して、出席者全員が異論を述べず指示に従っていたことがわかりました。
思考停止。
良心・倫理・社会的責任
口から出た瞬間に霧散する,空疎なコトバ。
それでも唱え続けるというのですか。
山川の末に流るる橡殻も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ
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“浄土の聖者 空也” (吉川弘文館)
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