内部統制報告制度の導入を契機に,ビジネスプロセスの「見える化」でムリ・ムダ・ムラを取り除き,企業価値の向上を図りましょう
というのは,何かのレトリックか下手なアリバイ作りのように思えるけれど。
ビジネス法務の部屋: 内部統制報告制度(J-SOX)運用に関する具体的提言:
企業にとっても、また監査人にとっても悩ましい問題でありますが、いまの議論を聞いておりまして、どこまで客観的な評価がなされ、またどこまで同一レベルの監査人の監査がなされるのかは不透明でありまして、投資家にとっても本当に有益な企業情報の開示がなされるのかどうかは心もとない雰囲気であります。そこでいっそのこと、企業としましては「何をもって不備とするのか、そして何をもって重要な欠陥とみるのか」といったガイドラインを投資家向けに公表してしまったほうがいいのではないでしょうか?
これを読んで,会計監査がそれとして成り立ってきたのは,非客観性が担保されていたからかもしれないと思った。
企業会計原則には一番最初に「真実性の原則」というのが出てくる。
企業会計は,企業の財政状態及び経営成績に関して,真実な報告を提供するものでなければならない。
(一般原則 1)
ところでこの「真実」というのは,唯一「絶対的真実」ではなくて「相対的真実」と言われる。
真実性の原則:
企業会計というものは、記録(過去の記録)と慣習(会計処理の選択容認性)と判断(会計担当者の主観的判断)という、極めて主観性の強い要素に基づき成り立っています。そのため同一の会計事実であってもある企業とまた別のある企業とでは必ずしも同一の会計結果となるとは限りません。
したがって必然的に企業会計における真実とは絶対的な真実とはなりえず、相対的な真実でしかないことになります。
そして,監査基準の最初にはこう書かれている。
財務諸表監査の目的は,経営者の作成した財務諸表が,一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して,企業の財政状態,経営成績及びキャッシュフローの状況のすべてを重要な点において適正に表示しているかどうかについて,監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明することにある。
財務諸表の表示が適正である旨の監査人の意見は,財務諸表には,全体として重要な虚偽の表示がないということについて,合理的な保証を得たとの監査人の判断を含んでいる。
(監査基準 第1 監査の目的)
会計監査はこの企業会計における真実の相対性と,監査目的における開示情報の合理的適正性の保証が交差する地点に立っている。
そういう,非客観的なところで,ごにょごにょ,あーだこーだといって会計監査はやってきた(とたいていの会計士は思っていると思う)。
Toshi先生が言うような「不備と重要な欠陥に関するガイドライン」を企業に求めるとなれば,コメントで書いているひとがいるように,企業は「不備や重要な欠陥と認めるケースのガイドライン」を監査人に求めるでしょう。
ところが,監査人は上に書いたような世界でやってきているから,そんな客観的なガイドラインは監査に馴染まないとかなんとか,示したくはないと思われる。
バッファーというか,糊代を残しておきたいのです。
だから結局,内部統制上の不備だとか重要な欠陥なんてものは,すっきり明確な基準ができることなく,内部統制監査も,なんとなくそんな感じという具合に進んでいくんだろうと予想してる。
みんなうすうす勘づいているんでないだろうか。Toshi先生が書いているように。
ビジネス法務の部屋: 内部統制報告制度(J-SOX)運用に関する具体的提言:
おそらく世間の方は「なんだ、あんなに騒いだ内部統制制度で監査人までオッケーって言ってたのに、これじゃ企業にとってはどぶに金捨てたのと同じやん」、「アフターJ-SOXって言って、騒いでいたのに、やっぱり商品の偽装やってるじゃん。だめだこりゃ・・・」と言われることは想像に難くありません。
不幸なのは,内部統制報告制度が法律(金融商品取引法)だってことかも。
監査法人時代の先輩会計士がこう言っていた。
「J-SOXはなくならへんよ。法律がなくなるか?なくならへんやろ」
法律はなくならなくても,形骸化することはある。
なんだろう。このすっきりしないものは。
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