一読した限りですが,少し違和感を覚えたもので。
ビジネス法務の部屋: 野村證券インサイダー事件と内部統制の限界:
本件における「統制上の要点」がどこにあるのか、私にはまだよくわかりませんが、やはり内部統制の限界に近い問題として、社内規則の厳格化と刑事責任の厳罰化によって対処せざるをえないような気がいたします。
たしかに内部統制には限界があるといわれます。
内部統制は,次のような固有の限界を有するため,その目的の達成にとって絶対的なものではないが,各基本的要素が有機的に結びつき,一体となって機能することで,その目的を合理的な範囲で達成しようとするものである。
(1)内部統制は,判断の誤り,不注意,複数の担当者による共謀によって有効に機能しなくなる場合がある。
(2)内部統制は当初想定していなかった組織内外の環境の変化や非定型的な取引等には,必ずしも対応しない場合がある。
(3)内部統制の整備及び運用に関しては,費用と便益との比較衡量が求められる。
(4)経営者が不当な目的の為に内部統制を無視ないし無効ならしめることがある。
(内部統制の枠組み基準 via 「内部統制報告バイブル」)
インサイダー取引を規制することについては(今回の野村證券の件に限らず),予防的統制はまずあまり効果がないだろうというのは想像がつきます。
野村證券の「投資銀行業務に従事する社員の株取引禁止」や「違法行為をしないことに対する誓約書」などがそれに当たるのでしょうけれど。
発見的統制にしても,個人の口座(銀行口座,証券口座)の動きを全て,しかも相当程度の長期にわたって監視するということでもしない限りは,効果は期待できないでしょう。
もちろん,それにかかる費用を考えれば,合理的な方法とは思えません。
なので,野村證券の社長のこれや,
東京新聞:留学エリート禁じ手 野村元社員インサイダー 役割分担、取引繰り返す:社会(TOKYO Web):
「開き直りではないが、個人が犯したことは…」。事件を受けて二十二日夜、東京・日本橋の本社で会見した渡部賢一社長は、証券市場を揺るがす不祥事に謝罪の言葉を繰り返しつつ、個人の株取引を把握しきれない“限界”を強調。
Toshi先生の書かれていることも,そうなんだろうなあ,とは思います。
思いつつ「やはり内部統制の限界(に近い)」というのを目にすると,胸のこのあたりがムズムズと居心地の悪い感じになるのです。
「内部統制がしっかりしていれば,粉飾や不祥事は起こらないんじゃないの,内部統制報告制度(J-SOX)はそのためのものでしょう」と大多数の人が(おそらく)考えている状況で,問題が発覚するたびに,不祥事が明るみに出るたびに,「いえいえ,それは内部統制の限界です」とか「内部統制の範囲を超えた問題です」とか言ってしまうのはどうなんだろうと。
監査論では,会計士の務めのひとつに「期待ギャップの解消」というのがあるというのを学んだけれども,ことここに至って,企業不祥事(粉飾も含めて)の未然防止に対する世間の期待というのが,ものすごく高くなっていると思います。
そんなときに,「いえいえ,それは (ry」というのは,いかにも期待を裏切ってしまうセリフだなあ。
いや,もちろん現実問題として難しい問題というのは分かっていますが,
それでも,企業の内部統制に関わる専門家が(弁護士・公認会計士・内部統制構築コンサルタント)が「それを言っちゃあ。。。」というところなんだと思うのです。
内部統制の限界って。
そんなことを思ったもので。
最後に,野村證券の今回のケースについては,気になる記事もあります。
ニュース | So-net|野村証券の中国人社員ら3人逮捕、担当外の株でも不正:
企業情報部には六つの課があり、株売買に利用された内部情報のうち、デバイス社の案件などはレイ容疑者が所属していた3課が担当、レイ容疑者も打ち合わせなどに出席していた。しかし、半数以上は企業情報部内の別の課で担当した企業の情報だったという。
株式公開買い付け(TOB)や株式交換によるM&Aが発表されれば、対象の企業の株価はほぼ確実に値上がりするなど、企業情報部にはインサイダー取引に結びつく情報が集中する。こうした部署では特に情報管理が徹底されており、自分が関与していない案件については同じ部内であっても情報が遮断される仕組みになっているという。
まだ明らかになっていない事実があるのでしょうか。。。
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