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「内部統制基準に立ち返った見直しを!」とはいうものの

昨日,東京で監査法人時代のボスに会ってきた。

言動が特殊で組織に収まりきらなかったり,正論を容赦なく吐くので,よく嫌われはるのだけれど,根強いファンも少なからずいる。ぼくもそのひとり。

彼の監査人としての嗅覚には瞠目するところが多い。
日本では数少ない「監査人」だろうと思う。

MRI | MRI TODAY | 本番期直前、内部統制基準に立ち返った見直しを!:

各企業は無目的に、過度に準備作業をしている可能性がある。例えば、内部統制対応で最も負担が重いといわれている“業務を図示・記述する文書化作業”だが、制度の本来の主旨である財務報告に係るリスクを適切に抽出、評価し、改善できることを意識して行われているだろうか。文書化の目的を明確にして、業務プロセスの文書化の範囲・レベルが適切かなどの対応の見直しが必要である。

「制度の本来の主旨である財務報告に係るリスクを適切に抽出、評価し、改善できることを意識して行われているだろうか」だなんて反語。
そんなこと意識しているわけない。それはこれを書いた人も十分承知していること。
むしろ,どうやって監査人にオーケーをもらうことが目的化している。

監査人こそ「内部統制」の意義と限界を正しく説明して,いるものはいる,いらないものはいらない,と整理するべきなのに,あれもキーコントロール,これもキーコントロールとか言って,どんどん範囲を広げる手伝いをしている。

ぼくは,かつてのボスが現場のインチャージとしてバリバリやっていた頃のことは知らないけれども,本人から聞いたり(自慢好きなのねん),その時代を知っているひとから聞く話を総合すると,20年以上も前にすでにリスク・アプローチ監査を体得していたらしい。
そして,昨日もクライアント先で彼が語っていた言葉は,本来的な意味での「内部統制」のあるべき姿を言い当てていると思った。それはいま,書店にならんでいるどの内部統制本にも書かれていない,鋭い指摘だった。

生来の監査人なんていう人がいるとすれば,彼のことだと思う。

あれもキーコントロール,これもキーコントロールなアプローチは経営と業務プロセスをがんじがらめにするだけで,まるで家中のあらゆるところにトラップを仕掛けているイメージなのに対して,彼の言うコントロールは,家の出入口に頑丈な鍵をひとつだけつけておくことに似ている。

彼を嫌う人も多い。そしてその人たちにとっては,彼のは監査ではないらしい。
ぼくは彼に監査の考え方を教えてもらったし,そして彼を見て自分は監査人にはなれないなあと思った。

人は,教養をつんで或る水準に達すると,これまで自分が歴史と呼んできた事件が単なる出来事ではなくして過去につながる事がらの結果であるということをはじめて悟るようになる。学生であれ,社会人であれ,人は早晩この理解に達するのであろうが,これがわかってくるまでは歴史の持つ真の意義をつかみ得ない。
(A.C. Littleton)

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