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平等のスタートライン

結果の平等か機会の平等か ー 非常に難しい問題ですよ。

教育のゆくえー結果の平等か機会の平等かー « natoity:

この制度が担保できない”卒業後の機会の不平等の問題”がなおかつ存在している。

すこし古いけれども,経済戦略会議では「結果の平等」ではなく「機会の平等」を保障すべきだとしている。

経済戦略会議答申|日本経済再生への戦略:

21世紀の日本経済が活力を取り戻すためには、過度に結果の平等を重視する日本型の社会システムを変革し、個々人が創意工夫やチャレンジ精神を最大限に発揮できるような「健全で創造的な競争社会」に再構築する必要がある。
(中略)
社会全体が豊かさの恩恵に浴するためには、参入機会の平等が確保され、透明かつ適切なルールの下で個人や企業など民間の経済主体が新しいアイデアや独創的な商品・サービスの開発にしのぎを削る「創造性の競争」を促進する環境を作り上げることが重要である。

個人的には機会の平等は保障するべきだけれども,結果は自己責任でしょうと思う。
近頃の小学校の駆けっこでは,全員を同時にゴールさせるなんてケースがあるらしいけれど,それは逆差別だと思うし。
ただし,経済戦略会議が「参入機会の平等」というように「機会の平等」に一定の留保をつけていることから推察されるように,「機会」の出発点をどこにおくかというのは,非常に難しい問題。

保坂展人のどこどこ日記| 機会の平等か、結果の平等か:

私は「機会の平等を主張しています。結果はそれぞれ違っていいけれど、スタートラインであまりにも大きな格差があるという社会はおかしいと言っているんです」と答えた。運動会の駆けっこで「用意、ドン」で走り出す時に最初からスタートラインが10メートル前にある子と、10メートル後ろにある子が競争すると言っても、最初から勝負はついている。

スタートラインをそろえるというのは,ひとつの考え方。
でもどこがスタートラインかを決めるのは,スタートラインをどれにするかは,意見が分かれそう。

natoityのエントリーにもあるように,教育バウチャーは「教育を受ける機会の平等」は担保できる可能性があるけれども,「卒業後の機会の平等(就業機会の平等)」は別の問題になる。

いくつもあるスタートラインごとに「機会の平等」を確保するというのは現実的ではない。
そして考えると,「機会の平等」と「結果の平等」はつながっている。

「卒業後の機会の平等(就業機会の平等)」を主張するひとは,それはひょっとしたらそれが「学習の結果の平等」を出張することになっていないかを考慮する必要がある。
だから,「機会の平等」を主張するひとも,どこを平等の出発点にするかを慎重に議論しなければいけない。

人生はトライアスロンのようなものかもしれないと思う。
スタートラインがいくつもある。

Filed under: Life

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