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車夫

夏のような陽射しが照りつける10月の終わり。
彼らは今日も,アスファルトの熱で足裏を焼きながら,
巻いた手ぬぐいで首筋を拭いながら,人力車を曳いているでしょう。

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平等のスタートライン

結果の平等か機会の平等か ー 非常に難しい問題ですよ。

教育のゆくえー結果の平等か機会の平等かー « natoity:

この制度が担保できない”卒業後の機会の不平等の問題”がなおかつ存在している。

すこし古いけれども,経済戦略会議では「結果の平等」ではなく「機会の平等」を保障すべきだとしている。

経済戦略会議答申|日本経済再生への戦略:

21世紀の日本経済が活力を取り戻すためには、過度に結果の平等を重視する日本型の社会システムを変革し、個々人が創意工夫やチャレンジ精神を最大限に発揮できるような「健全で創造的な競争社会」に再構築する必要がある。
(中略)
社会全体が豊かさの恩恵に浴するためには、参入機会の平等が確保され、透明かつ適切なルールの下で個人や企業など民間の経済主体が新しいアイデアや独創的な商品・サービスの開発にしのぎを削る「創造性の競争」を促進する環境を作り上げることが重要である。

個人的には機会の平等は保障するべきだけれども,結果は自己責任でしょうと思う。
近頃の小学校の駆けっこでは,全員を同時にゴールさせるなんてケースがあるらしいけれど,それは逆差別だと思うし。
ただし,経済戦略会議が「参入機会の平等」というように「機会の平等」に一定の留保をつけていることから推察されるように,「機会」の出発点をどこにおくかというのは,非常に難しい問題。

保坂展人のどこどこ日記| 機会の平等か、結果の平等か:

私は「機会の平等を主張しています。結果はそれぞれ違っていいけれど、スタートラインであまりにも大きな格差があるという社会はおかしいと言っているんです」と答えた。運動会の駆けっこで「用意、ドン」で走り出す時に最初からスタートラインが10メートル前にある子と、10メートル後ろにある子が競争すると言っても、最初から勝負はついている。

スタートラインをそろえるというのは,ひとつの考え方。
でもどこがスタートラインかを決めるのは,スタートラインをどれにするかは,意見が分かれそう。

natoityのエントリーにもあるように,教育バウチャーは「教育を受ける機会の平等」は担保できる可能性があるけれども,「卒業後の機会の平等(就業機会の平等)」は別の問題になる。

いくつもあるスタートラインごとに「機会の平等」を確保するというのは現実的ではない。
そして考えると,「機会の平等」と「結果の平等」はつながっている。

「卒業後の機会の平等(就業機会の平等)」を主張するひとは,それはひょっとしたらそれが「学習の結果の平等」を出張することになっていないかを考慮する必要がある。
だから,「機会の平等」を主張するひとも,どこを平等の出発点にするかを慎重に議論しなければいけない。

人生はトライアスロンのようなものかもしれないと思う。
スタートラインがいくつもある。

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それって常識でしょ? でもそれって誰の?

それが「『誰にとっての常識か』ということも考えてみる 」ということを付け足したい。

常識を疑ってみる – ローンで家を建てる事代替案のある生活 [ITmedia オルタナティブ・ブログ]:

この「代替案のある生活」の信条のひとつに「常識を疑ってみる」ということをあげたい、と思う。いま実際、自分の生活設計の中で、常識として疑っているのが「ローンで家を建てる事」だ。

常識って,時代によっても社会(コミュニティ)によっても違う。

「ローンで家を建てる」っていうのが「常識」だとしても,それってせいぜい戦後の高度成長期頃に,それこそ「住宅ローン」という金融商品が開発されてからできた「常識」に過ぎない。
そしてもはや「ローンで家を建てる」ことは,ぼくらの世代の「常識」ではなくなっている(と思う)。
もっとも,ぼく自身はいま,分不相応に恵まれているなあと感じる状況なので,「ローンで家を建てるなんて・・・」とあまり声高に言えないのだけれど。

同じように「車に乗るのがステータス」というのも,最近ニュースになる「国内自動車市場の需要低迷」をみていると,常識ではなくなっているんだろう。
と,長らく車をもたないぼくは思う。
7年くらい東京に住んだけれど,電車での移動が圧倒的に時間に正確だし,自分で車を運転するくらいならタクシーに乗った方がよほど安全だと思った。

そして最近,自動車よりもタクシーよりもこっちでしょう,と思っているのがベロタク
(これって,買えないのなあ。。。)

———-
先日,スコットランドから来ていた4人のうちの2人は,ぼくと年齢の近い夫婦。
彼らは結婚10年だけれど子供がいない。
不思議に思ったぼくは(この時点ですでに常識バイアスがかかっているけど)尋ねてみた。
曰く,

We’ve got so many places to go to see. We wouldn’t have our own child.

旅行好きの彼らは,世界中をまわることに,お金を時間を使いたいらしい。

We know it’s a selfish reason.

まあ,そうかもね。でもそれも選択だからね。

Neither would I.

とぼくは大いなる同意の気持ちをこめて,言ってみた。

そんな彼らも,すでに2軒目の家(3ベッドルームのフラット)を購入したらしい。
このあたりは,日本の「常識」とは少し違っているかも。

———-
「それが常識でしょう」と言われる場面にでくわすとぼくは,「それって誰にとっての常識よ?」と慎み深く口をつぐんでしばらく考えてみることにしている。

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invalid post id

ectoを使ってエントリーを投稿しているのだけれど,
昨日から投稿しようとすると
invalid post id
というエラーメッセージが出る。

wordpressの管理ページを見ると,エラーが出たはずのエントリーが投稿されていたりする。
と思うと,消えたりする。

なんだか分からない。。。。

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京都にツーリスト・インフォメーションありますか?

京都(市)には毎年たくさんのひとが観光に訪れます。

2006年には4,800万人のひとが来られました。
その中にはもちろん,海外からの観光客も含まれています。
京都市へ観光に訪れた海外からのお客様は80万人。これは過去最高だそうです。

この数字を見たとき,外国からの観光客が意外にも少ないなあと思いました。
ふらりと京都市内を歩けば,観光客らしき外国の人の姿を少なからず目にするので,もっと多いのかと思ったのです。

先日,スコットランドから4人のお客様が来られました。
日本と京都が好きという彼らを案内して観光スポットを巡ってきましたが,外国からのお客様を案内してまわって,「海外からの観光客に情報を提供するツーリスト・インフォメーションがないなあ」と感じました。

金閣寺,銀閣寺,清水寺,平安神宮,南禅寺,御室仁和寺,高台寺などなどとまわっている間にもたくさんの外国の人を見かけました。
彼らの多くは2人〜数人のグループで,ぼくらのように日本人がいて案内しているというのには出会いませんでした。
おそらくはその手にあった,情報本(Lonely PlanetとかEyewitnessとか)を頼りに観光しているのでしょう。

数年前エジンバラに住んで,週末あたりにスコットランドを見て回ったりしましたが,観光の基点になるような街には必ず,ツーリスト・インフォメーションがあって,付近の街の案内やら周辺の地図やら宿泊の手配やらをしてくれます。
そういうところが,京都市内に見あたらないなあと思ったのです。

ツーリスト・インフォメーションがないから,外国のひとたちはどうするかというと,ツアーで来るか,情報本を片手に回ることになります。
ツアーの場合はいざ知らず,情報本片手のひとたちはいくぶん効率の悪い観光を強いられているんだろうなあと想像しました。
なぜかというと,スコットランドからの4人の京都プランが効率の悪い回り方だと思ったからです。

限られた時間で京都を楽しんでもらえるように,彼らの京都プランをぼくなりに変えさせてもらいました。
4人には「違った経験ができた」「時間を有効に使えた」と喜んでいただき,「Captain Ken」なる称号まで頂戴しました。

滞在日数という限られた時間を有効に使って楽しんでもらうには,アドバイスできる人がいて,それを聴くことができる場所が必要だと思います。

観光立市を目指す京都にこそ,京都駅や四条烏丸あたりに大きなツーリスト・インフォメーションが必要でしょう。

と書いていたのを見計らったかのように,京都市が「まちなか観光案内所」なるものを作るというニュースが耳に入りました。

こういう広報もありました。
「京都まちなか観光案内所」の開設について

スターバックスとセブン・イレブンを観光案内所にしようということらしいです。
方法はともかく,試みの方向性としては間違っていないのでしょう。
実際に開設されたら,観光客を装って,行ってみようと思います。

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