市場の失敗とは,
市場メカニズムが働いた結果において、パレート最適ではない状態、つまり経済的な「効率性」が達成されていない現象を指す。
市場の失敗の原因として経済学で学ぶのは,たとえば,
- 市場支配力(自然独占)
- 情報の非対称性
- 公共財の存在
- 外部性の存在
があり,それぞれ,
- 独占
- レモン市場問題
- フリーライダー問題
- 環境問題
の原因となるとされる。
そして,市場の失敗に対処するために
政府が何らかの方法で市場に介入するか、あるいは政府が直接的に財の供給者となる必要があると考えられている。
前置きが長くなった。
(孫引き失礼)
地球温暖化に限らず、環境問題とは市場が存在しないことによって生ずる問題です。
という言説,つまり「市場が存在しないから環境問題が生じる」というのは,「市場が失敗するから環境問題が生じる」とは違うロジックに依っていることになる。
であるから,筆者(岩田規久男)はこうつづけるのだけれど,
市場が存在しないのですから、人為的に市場を作ればよいのです。
「市場の失敗」理論からすると,人為的に市場を作っても,それだけでは失敗する。
筆者もそれは十分承知の上で,「炭素税」という政治的強制力を供給者側に課すことによって,その「炭素税」が需給市場での取引財価格に転嫁されることを通じて,適切な環境対策がなされるという論旨だと思われる。
けれども,それは市場が存在することの効果ではなくて,政治の介入効果なのではないだろうか?
炭素税のメリットとして、個人と企業が誰かに命令されたり、啓蒙されたりではなく、人々や企業の自由な創意と工夫に任せるという意味で、市場を利用した地球温暖化対策
とは思えないけど,どうですか?
それに,すでに市場が存在している排出権取引の仕組みと,どう違うのかが分からないという点で目新しさを感じないなあ。
それよりも,排出権取引にしても炭素税にしても,なんでもかんでもお金で解決しようという姿勢には気分が悪くなるよ。
炭素税だ,排出権取引だなんだという前に,お金で解決しようと考える前に,考えるべきことがあるはずだと思う。
それがモラルだと思う。
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