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京都生活はじまる

「京都出身です」と言うと
「ああ,京都はいいですね」と応えてくれる人が多くてうれしいけれど,
その「京都」は括弧書きの町なのかもしれない。
「ああ,『京都』はいいですね」
 
 
京都のもつ,その括弧は少しずつ綻んできているかもしれないけれど。
 
 
河原町通がいつ頃からあの猥雑とした感じになったのか,よく覚えていないけど,
京都に戻ってあのあたりを歩くたびに,「こんなにギラギラである必要があるのか」と思ってしまう。
 
京都市内中心部の商業区域が,この10年弱で河原町通から西進している。
今後数年は烏丸通が開発ターゲットのよう。
 
 
2001年にオープンした新風館
2004年のCOCON烏丸(Faviconが素敵)に加えて,
 
四条烏丸に「フローイングカラスマ」「五感空間」をテーマに烏丸経済新聞広域烏丸圏のビジネス&カルチャーニュース:

四条烏丸に417日、旧北國銀行の建物をリノベーションした複合商業施設「flowing KARASUMA(フローイングカラスマ)」(中京区烏丸通蛸薬師下ル、TEL 075-257-1451)がオープンした。

 
 
京都を離れていた7年の間に,随分と知らない風景が増えました。
 
昔見つけられなかった「古い景色」
昔はなかった「新しい景色」
そんな景色たちに出会えていけたらいいなあと思いながら,

京都生活はじまりました。
 
 
 
京都の平熱は,外から見るほど低くなくて,むしろ少し高いめかもしれない。

京都の平熱 哲学者の都市案内” (鷲田 清一)

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監査法人という監査社会

「人は人を信じられるのか」ということでいえば,「無条件には信じられない」というところが,監査の存在意義でしょう。 
 
 
isologue – by 磯崎哲也事務所|監査法人の内部統制(あるいは「人は人を信じるとはどういうことか」):

「自由な心証」に基づいて個々の会計士が独立して監査意見を表明する、というのも、それはそれで意味があったんじゃないかと思います。

 
そして,まさに「パートナーがパートナーを信じられない」から内部審査が必要であり,
「会計士協会が監査法人を信じられない」から公認会計士・監査審査会が必要なのでしょう。
 
古き良き時代(があったのかどうかは知りませんが)であれば,
あるいは,
となりの部屋の会計士さんがどんなクオリティの監査をしていようが,こちらが責任を被るリスクはないという時代であれば,
「自由な心証」に基づいて個々の会計士が独立して(勝手に)監査意見を表明する,というのも,それはそれで「どうぞご自由に」ということであったのでしょうが,
適正意見表明後に粉飾が判明したとか,突然倒産したとか,コンプライアンスだとか内部統制だとかが問題になる時代にあっては,「おたくの責任をわたしが被るなんてまっぴらご免だ」というところでしょう。
 
だから,しきりと,監査法人の社員の有限責任制導入と言われるわけです。
 
そもそも,信用おけないひとを「パートナー」なんて呼ぶのは,どうかと思いますが,
監査法人ではしばしば,代表社員のことを「パートナー」と言います。
 
 

ディスクロージャーの要である監査法人自体は、ディスクロと正反対のブラックボックスそのものという印象です。

 
おっしゃる通り。
そして会計士(Accountants)ほど,説明責任(Accountability)を果たしていない,というのが,
かつて監査法人にいて,かつ,いまも会計士として糊口をしのいでいる人間の自戒を込めた考えです。
 
 
「この会社について適正意見を表明するための合理的な根拠は?」
と問われて,「わたしの心証です」以外の合理的な説明をできる監査人は,なかなかいないと思います。
 
それはひとつには,監査対象としての会社の規模があまりに大きくなりすぎて,全容を把握できる合理的な規模を超えていることもあるし,
試査だ,統計的サンプリングだ,分析的手続きだと考え方を整理したところで,監査の手法自体が属人的なところから抜け出せていないこともあるでしょう。
 
 
先日出席した会計士協会の研修では「リスク・アプローチだけが,唯一の監査方法です」という話がされていましたが,リスク・アプローチも導入後,少なくとも10年は経っていると思われます。
「リスク・アプローチ?どうやるんですか,それ?」というのが実際のところのようですが。
 
 

昨今の大手監査法人と言うのは、良い意味でも悪い意味でも「人間的な」つながりはあまりなく、純粋に教育や規定といった「内部統制」だけで繋がっている組織になりつつあるような印象があります。

 
ぼくの抱いている印象でいうなら「顔を知っている範囲の」つながりはありました。
逆に言うと,「顔を知らない」ひとは,同じ組織のひとではない。
 
その意味で,「ナントカ監査法人」という看板を掲げている,
「看板」だけで繋がっている個人事務所の集合です。
そして,それはずっと前から,そう(だと思う)。
 
 
あらた監査法人がみすず(旧中央青山)監査法人から分裂したときに,代表社員も含めて,一定数の人員が確保できたのは,中央監査法人と青山監査法人が合併して中央青山監査法人になっても,内部ではやっぱり「旧中央」とか「旧青山,旧PW」とかいう区別が残っていたから。
そして,とくに「旧青山」のひとたちは,「自分たちは彼ら(旧中央)とは違うんだ」とずっと考えていたからだと思います。
みすず監査法人が「旧中央青山」と言われることが多いのに,あらた監査法人がそう言われないのは,あらたが「旧中央青山」ではなく,「旧青山」だからでしょう。
 
 
まことしやかに言われているのは,トーマツ監査法人は「旧青山」的な雰囲気がある,ということ。
そして,「みすずの古参の方」は,旧中央の方で,
「トーマツ?青山っぽいんだろ?とんでもない!もうあんなヤツらはご免だ」
と思われたのかもしれません。
 
 

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権威の囲い込みをすり抜けること。しなやかに。

囲い込みをしたいと思う心理は,従属心理の裏返し。
 
 
あえて変わり者になれ (新日本的経営の姿)NBonline(日経ビジネス オンライン):

それはだって、最終的にこちらのためになるもの。信頼できる相手なら、ノウハウだろうがどんどん渡した方が、自分たちも得するってことを、なぜだかみんな気づかないんだ。普通の人間は何でもかんでも自分たちのところで抱え込もうとする。それがダメ。
抱え込むってことは、昔のことにしがみついて、自分たちの進歩をある意味で止めてしまうってことを分からないと。
(中略)
「ノウハウを外に出すと、自分の首を絞めることになるのでは」と心配する人にはこう言いたいよ。あんたは進歩することが嫌いなのか、と。

 
既得権益を手放すことができないのは,それが利益の源泉であるからだけれど,
同時にその既得権益からしか利益を稼得できないと,思い込んでいるから。
 
そして,その萌芽は,こんなところにあるのかもしれない。
 
入社式で「おめでとう」と言う間違い” (宋文洲の傍目八目)NBonline(日経ビジネス オンライン):

入社式は「同質従属型」の人間を作る最初の儀式と思えるようになりました。
会社の大小、良し悪しに関係なく、社長が新人に「おめでとうございます」と語るのは、会社もしくはそこの経営者の立場が上で社員は下にあり、社員は主である会社ないし経営者に従う立場にある、ということを示していることになります。
(中略)
働くことを通じて社員が会社に自然に愛着心が芽生えることは、とても素晴らしいことです。しかし、会社がまだ何もしていない社員に愛社精神を教育するのは、明らかに従属関係の刷り込みです。

 
組織に属していると,上司と部下という関係で仕事が進んでいく。

それは秩序ではあるけれども,ときどき,我に返って,
「どうして自分はこのひとの命令に従っているのだろう」
「このひとが自分に命令する,その権威の源泉とは何だろう」
と思うことがあった。
 

4月初めの今、社会の海に漕ぎ出したばかりの小船たちがたまたまあなたの近くに漂流してきたら、彼らを子分扱いして、お茶汲みやコピー取りばかりをやらすだけではなく、若い仲間として扱ってはいかがでしょうか。そして新入社員の人たちは、先輩社員や直属の上司を地位や役職だけで判断するのではなく尊敬すべきパートナーとして見てみることも大切です。

 

いまはもう「組織」には属していないので,
上司・部下という関係はなく,
サービスを提供する「クライアント」としての相手方と
恊働する「パートナー」としての身内方しかいない。

きわめてシンプル。
だれが上でも,だれが下でもない。
パワーバランス・組織内政治に心を砕く必要もない。
 
自分と気の合うパートナーと,
自分を気に入ってくれるクライアント。
幸せな環境にシフトできつつある気がする。
 
 
 
そうなんだ。
こういうふうに,しなやかに生きたいと思ってきた。
 
My Life Between Silicon Valley and Japan – 「何かの専門性」と、「好き」を共有する友達のネットワークと、そこに働きかける「営業力」:

いくつか前のエントリーの感想の中に「大組織にぶら下がって、好きなことをやるのがいい」という意見があったけれど、そういう生き方(たとえば、そういう生き方を長いことしてきた人が何かの理由で大組織を出ざるを得なくなると全く競争力がない場合が多い)よりも、「好きを貫く」と「飯を食う」の接点をしつこくしつこく追い続け「営業力」を持って収入源を分散させるこちらの生き方のほうが絶対に変化に強く、したたかにしなやかに「好きを貫く」ことができると僕は思う。

 
梅田さんの一連のエントリー。
コトバがいちいち格好よすぎて,「きれいごと」に思えなくもないけれど,
底辺に流れる気持ちには共感できる。 
 
 
もはや権威だとか,上司部下の関係だとかに拘泥する必要はない。

囲い込むことも,囲い込まれることもなく。

盲目的に従属することも,
構造的権威にからめとられることもなく。

そんなところをすり抜けて,
しなやかに,たゆたうように行くのがいい。
 

Filed under: Life

人間(じんかん)にて

彼の孤独を知るひとはいるのだろうか。
 
風に吹かれ
雨に打たれ
人にさらされ
そこに留めおかれ
 
見るともなしに見ることを強要されるのは,
傍若無人に騒ぐ子らと
子らに負けじと声を張り上げる大人たち
 
こころ安らかな生活とは
何だったろうか
 

Dsc09486
 
 
 
ラピュタがあるからこその感情移入。


“風の帰る場所ナウシカから千尋までの軌跡” (宮崎 駿)

Filed under: Life, Photo

品質の問題

公認会計士協会の「リスク・アプローチによる監査の手引」研修会というのに参加。
東京会が中規模・小規模監査法人がリスク・アプローチを実践するために作成したという
監査調書のひな形についての説明を受けてきました。
 
 
 
時事ドットコム:監査の水準向上に努力=公認会計士・監査審査会長:

金融庁の公認会計士・監査審査会の金子晃会長(元会計検査院長)は2日、記者会見し、カネボウやライブドアなどの粉飾決算事件への公認会計士の関与に関連して「(会計士や監査法人のこれまでの業務が)全体として満足できるかとなると、必ずしもそうではなかった」と指摘した。その上で、今後の活動について「(任期中に)監査水準の向上を確認できるところまで持っていきたい」と強調した。

 
先日,監査審査会が,麹町監査法人に勧告を出していますが,改善勧告のポイント2

リスク・アプローチに基づく監査計画の立案が不十分、不適切であるなど監査の基準に準拠していない手続きがみられる監査業務があるほか,(後略)

というのはおそらく,いわゆる大手監査法人以外のほぼ全てに当てはまるのではないかと思いました。
 
なぜって,研修のいちばん最初のことばが
「監査基準を満たす監査手続きは,リスク・アプローチ以外にないことをご理解下さい」
でしたから。
 
 
上場会社監査事務所登録制度も始まりました。
 
監査の適正化による不正の抑制というのが
社会の要請であるなら(期待ギャップの問題はあるけれど),
監査の品質管理の厳格化は必要な手順でしょう。
 
一方で,実質問題としての,品質水準の維持可能性を考えた場合に,
中小規模監査法人では難しいと考えざるを得ないなあと,感じました。
 
考えられる流れとして何があるのかと想像すると,

  • 中小規模監査法人の監査からの撤退
  • 中小規模監査法人の大手監査法人への吸収
  • 中小規模監査法人同士の合併
  • 監査法人制度の発展的解消による新たな制度の構築

 
 
その昔,会計士は「先生,先生」でした。
もはや監査業務は「先生しごと」ではありません。

合理的に考えて,有限責任制の余地が残されているとはいえ,
監査業務のリスクの高さを考えると,
監査業務を続ける会計士には,地位とか報酬というインセンティブではなく(それ以上に),
相応の社会的使命を果たすという大義に応える高邁な精神が必要だろうと思うのです。
 
そして,自分には無理だなあと,つくづく嘆息するのです。
 
 

Filed under: Accounting

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